共栄生活 with children

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共栄生活 with children

last update 2016-01-06

いただきます


食事前の 「いただきます」 という言葉、これは誰に向けての言葉でしょうか?

「いただきます」 は、感謝の言葉。

食べ物を調理をしてくれた人や、食べ物を育ててくれた人、に向けての場合もあります。

食べ物そのもの、に向けての場合もあります。

宗教によっても違うかもしれません。

 

先日、こんなことがありました。

友人家族と魚釣りに行ったのですが、ニジマスが2匹釣れました

友人家族も2匹。うちも2匹。

釣り堀の人に内蔵・エラを取ってもらって、氷を入れて家に持って帰りました。

 

帰りの車の中で、「夕ごはん何にする?」 という話になったときに

「ニジマスがあるから、あとは◯◯を買って~」 と夫婦で話していると、

「ニジマス、食べるの!?」 と7才のSORAが話に割りいってきました。

「食べるよ。 もう死んじゃったから、飼えないんだよ。」 と話しましたが、

「ひどい!かわいそう! 生き物を食べるなんてひどすぎる! あんなにかわいいのに。 僕は絶対に食べない!」

と納得しない様子でした。

でも、SORAは、普段から、スーパーで買ってきた刺し身や焼き魚、豚肉、鶏肉、なんでも食べているんです...

 

「スーパーで買う魚や肉だって、おんなじなんだよ。あれだって命でしょ。

人間は生きるために食べないといけないんだよ。

必要以上に殺したりはしないけど、 食べる分だけ殺して、「ありがとう」 って命に感謝しながら食べるんだよ。」

 

だいぶ説明しましたが、

生きている状態のニジマスを見ていて、ノドに引っかかっている針を外すときも、

「痛そう。かわいそう...」

とずっと見ていたSORAには、簡単に受け入れられなかったみたいです。

 

夕ごはんの時、

「うまい!SORAも食べてみ。」 と、ビール片手に嬉しそうにニジマスを食べている主人に、

「うまいって言うな!!」 と目に涙をいっぱいためながら怒る SORA。

 

そう、すっかり忘れていたんだけれど、

空の 「うまいって言うな!」 で、私、自分の子供の頃のことが思い出されて…

私自身も子供の頃、家族でニジマスを釣りに行って、食べるときに 「かわいそう、かわいそう」 と泣いていたという話を、父から聞いたことがありました。

でも結局、私はニジマスを食べたそうです。 そして、「美味しい」 と言ったそうです。

自分の中にもボンヤリとその記憶はあって、そのボンヤリが頭に浮かんだ瞬間、

「もういいよ、食べなくていいよ。お母さんも、そういえば同じだったよ。」

と、SORAの肩を抱き寄せました。 私も、泣きそうになっていました。

結局、SORAは、刺し身のマグロは美味しそうに食べていましたが、ニジマスに手を付けることはありませんでした。

 

SORAが釣りに行ったのは、今回が初めてではありませんでした。

1年くらい前に別の釣り堀で、釣っては逃して、というのをやったことがありました。

そこは、リリースすることが前提の釣り堀だったので、他の釣り人もみんなリリースしていました。

そのときの釣りは、今思えば、 「命がどうこう」 と考える機会にはならなかったんですね。

「殺して食べる」

今回、SORAは、生まれて初めてそれを経験したのです。

 

スーパーで、きれいにパック詰めされたものを買ってきて食べている日常では、

「命をいただいている」 ことを、つい忘れがちになってしまいます。 私たち大人でも。

子供は、なおさらです。

「命をいただいている」ことを、知ることすら、実感することすら、難しいと思います。

でも現実に、毎日たくさんの生き物を人間は殺しているのです。

もっと言えば、野菜だって命ですからね。 殺しているのです。

 

毎日、スーパーで買ってきた魚、豚肉、鶏肉、牛肉、なんでも食べるSORAですから、

ニジマスを口にする日も、そう遠くないと思います。

生きている状態で見た、あの可愛いニジマスのお顔も、いつの間にか忘れてしまうかもしれません。

でも、私はそれでもいいんだと思います。

いつか 「うまい!」 と食べるようになったときに、その命に感謝する。

それが大事なんじゃないかな。

「命と、きちんと向き合う」 ということ。

「かわいそう」 と思う気持ち、それはきっと、命をいただくことの重みを感じる気持ちと 「一体」 なんだと思います。

SORA、その優しい気持ち、「かわいそう」 から 「ありがとう。いただきます。」 に変えて、ずっと持ち続けてほしいな。

 

今回は、スーパーに並んだものだけを食べているとなかなか気づけない、良い経験をSORAにさせることができたと思います。

元々、命の大切さをどうこうとか教えるつもりでなく、もっと軽い気持ちで魚釣りに連れて行ったのですが、

SORAの 「殺して食べる」 ことへの強い抵抗を見て、

私自身にとっても、「命をいただきながら日々、生きている」 ことを再認識する機会になりました。

そして、「自分も子供の頃、魚釣りをとおして命について考える機会を、親からもらっていたんだ」

ということに、気づくことにもなりました。

 

話は変わりますが、

私は、小学校で本の読み聞かせのボランティアをやっていて、その仲間から

「この本、いいよ~」

と勧められた本があります。

いわしくん(著者:菅原 たくや)」 という絵本なのですが、私も、読んでみて、良い本だと感じました。

 

忙しくて魚釣りなどに連れていけない人も多いと思いますが、こういう絵本をお子さんに読んであげるだけでも、

「命」 について一緒に考えるきっかけになるんじゃないかな、と思いました。

 

SORAに、

「死んじゃったニジマスを食べないでどうするの?捨てるの?」 と聞いた時に、

「飾り物にする」

という言葉が返ってきたので、

「飾り物にされるより、食べてもらった方が、ニジマスは嬉しいと思うよ。

あの釣り堀に入れられたニジマスは市場から仕入れられてきた魚で、

もし、うちがリリースしたとしても、明日他の誰かに釣られて食べられちゃう運命だったんだよ。

食べてあげたら、あのニジマスは、SORAの中で肉や血になってずっと生き続けるんだけど、

飾り物にされたら、あのニジマスは、自分は何のために殺されたの?って悲しくなるかもしれないよ。」

と話したんです。

その時に、私の頭のなかには、この 「いわしくん」 の本がイメージとしてあったんですが、

SORAは私の話に 「確かに」 とうなづきました。

チョットだけかもしれませんが、「食べる」 ことへの抵抗がとれたのかな、という風に見受けられました。

「飾り物にする」 という言葉は、その後、聞いていません。

 

「いわしくん」、詳しい内容まではご紹介しませんが、そういうこと (肉や血になって食べた人の体の中でずっと生き続ける) を伝えられる本です。

ぜひ(^-^)

こういう考え方(肉や血になって生き続ける) って、「それも人間のエゴなんじゃない?」 って思う人もいると思うんです。

でも私、「もし自分がイワシだったら」 って考えてみて…

自分だったら、やっぱり、 殺される運命なら 「食べてもらいたい」 って素直に思ったんです。

だから、良い本だと思いました。

私も、SORAにまだ読んであげてないんですが、機会があれば、読んであげようと思っています。

 

 

 
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